近藤 さえ子 公式ブログ 小枝日記

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5月31日  



公的懸賞金、ビラ配り


 夕方、千葉県の都賀駅で未解決事件(千葉市若葉区みつわ台における強盗殺人事件)の情報提供を求めるビラ配りをしました。
昨年もこの事件のビラ配りをしたのですが、今回、有力情報提供者への謝礼金が公的懸賞金になりました。この制度も被害者たちが求めて、ようやく実現したものです。
10人ぐらいの警察官と被害者等が一緒になってビラを配りました。

警察官によるビラ配り(写真)

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5月30日  

 

 事務作業 他

5月29日  

 

 衆議院法務委員会傍聴

 被害者参加制度等を盛り込んだ刑事訴訟法改正案の審議で、参考人質疑がありました。制度案を「全国犯罪被害者の会」の代表岡村氏が賛成の意見を述べ、「被害者と司法を考える会」の片山氏が反対の意見を述べました。
岡村代表はうちの娘が経験した、被害者家族にとってつらい裁判の様子を紹介してくださいました。「大人(加害者)がどうどうと嘘を言っている、裁判っていったい何なの?死んだお父さんは何も言えないのに」娘の言葉は、大人の気持ちを動かします。
岡村代表はさらに「この制度を作ったからと言ってこの制度を作るために頑張ってきた自分たちはもう裁判が終わってしまっていて、制度は1つも役には立ちません。しかし、被害者があまりにも虐げられている現在の裁判の制度を変えたい、これ以上自分たちが味わった経験を他の人にさせたくないと言う一念から法律を変えるところまできたのです」と発言いたしました。
議員の質問に対する岡村氏の答弁は、大変説得力がありました。法務委員会の議員たちはシーンとなって、岡村氏の意見に耳を傾けていました。

※被害者参加制度とは
被害者が、刑事裁判の公判期日に出席し、一定の範囲で被告人や証人に質問や尋問をし、証拠調べ手続きが終わった後に、犯罪事実の範囲内で事実や法律の適用について意見を述べ、また検察官に考えを言い、説明を聞くことができる制度。参加した被害者は、被害者参加人と呼ばれる。

5月28日  

 

 昨夜がお通夜だったおばあさんのお葬式、今日は父が行ってきました。その帰り道で、またご近所のおばあさんが亡くなった話を父は聞いて帰ってきました。ご近所で何件も離れていない中で、古くから知っている方がたて続けに亡くなったことに、さすがの父もショックを受けた様子でした。自身高齢の父は、知り合いが多いため、よくお葬式に出かけます。「お2人とも大往生というのだから、人間として立派で仕方ないことだけれど、昔から長いこと地域で仲良くしていたご近所の方が亡くなってしまうのは寂しいね」と私が言うと、母は「あなたのおばあちゃん(99歳で大往生した私の祖母)はお葬式に行けるのは幸せなことですよ、と言っていたわね」と笑っていました。確かに、生きて、元気でいなければ人のお葬式にもいけません。そんな気骨ある明治生まれのおばあさんたちが我が家の周りからいなくなってしまって、寂しい限りです。

5月27日  


 野方消防団消防操法大会
 
 中野区立第11中学校運動会

 2ヶ月前には、私も卒業する娘の保護者として、卒業を共に祝った生徒たちの運動会です。中学校の生徒として、リレーに、他の競技に、係りの仕事に、活躍をしていました。広いグランドで、先輩たちと一緒に走り回る1年生を見ていると、早くも自分たちの居場所をきちんと中学校に築いているように思え、とても頼もしく感じました


 夜、ご近所のお通夜に行きました。満100歳のおばあさんでした。昨年の秋、東京都と中野区から100歳のお祝いが届き、その時ご自宅に伺って、お話をしたのが最後でした。「耳が遠くなって・・・」と大きな声で話していたお元気な姿を思い出します。

その後も入院することもなく、普通に生活をされていました。最後は老衰だったそうです。100歳を過ぎてからは、自然に食べ物の量が減り、自然に動く範囲が少なくなり、日々少しずつ元気がなくなっていき、最後は眠るように亡くなったそうです。理想的な大往生。それなりにご苦労もあったことと思いますが、ご家族もご親族も、皆さん笑顔でした。こんな最後を迎えられたら何と幸せなのだろうと思いました。

5月26日  


 自由演奏会

 音楽関係の教師をされていた方々が、定年後、毎年この時期に音楽会を企画し、運営しています。

「小さなピアノ教室では、大規模な発表会をするのは難しいが、そこに通っている子どもたちにも大きなホールで発表会をさせてあげたい。」「区民誰もが年齢に関係なく気軽に出演したり、鑑賞したりできる音楽会があったら・・・」という発想から、関係者はそれぞれボランティアで始め、今年で8回目になります。受付も、司会も、終わりの言葉も70代~80代の方々です。

出演者は、ピアノの演奏、バイオリン、フルート、大正琴、ソプラノ独唱等、様々に自分たちの演奏を披露しました。出演者たちは、大きなホールでの大舞台で、緊張しながらもとてもうれしそうでした。観客に感想をうかがったところ、無料でいろいろな音楽を気軽に楽しめたことに喜んでいました。

「音楽をもっと身近に」「好きな音楽を多くの人と共有したい」と準備に明け暮れて、今日の華やかな舞台のお膳立てをしてくれた高齢の方々、そのパワーと社会性には頭が下がります。これこそ中野区が団塊の世代にこれから期待している公益活動のお手本になるものなのではないでしょうか。

5月23日  


社会福祉法人中野区福祉サービス事業団 評議員会

 毎回、私がほぼ1人で質問をしています。評議員には60代か70代の先輩主婦が何人もいるのに、ただ座って職員の説明を聞いているだけです。特養ホームのことを話し合う評議員会なのですから、介護の経験のある方たちの活発な意見が聞きたいと思います。

 
 国会 法務委員会傍聴

 犯罪被害者が刑事裁判に参加し、被告に直接質問などができる「被害者参加制度」の導入が盛り込まれている刑事訴訟法改正案の審議が衆議院法務委員会でありました。3人の国会議員が質問に立ち、この改正の意義を質問しました。委員会終了後、この改正を強く推し進めてくださった自民党の上川陽子議員にお会いすることもできました。被害者のつらい声を理解して法改正に向け尽力を尽くしてくださいました。少しずつですが、今日まで忘れ去られていた犯罪被害者等の存在が、他の国会議員の中にも認識されてきていました。

 私は初めて衆議院の委員会を傍聴したのですが、議員たちは資料の入ったバックを持って、委員会室から出たり入ったりしていました。座っている議員のところに秘書も出たり入ったりしていました。机の上にはノートパソコンがあり、パソコンを打っている人もいます。他の議員が質問しているのに席でしゃべっている人もいます。中野区議会の委員会の方がかなり厳粛な雰囲気なので、少し驚きました。

 委員会室を出てから、「なぜ議員も秘書も出たり入ったりするのですか」と職員に尋ねると、他の委員会も同時に開会している所があるからだそうです。同時に2つ以上の委員会に同じ議員が属していて、同じ時間に並行して開会されているということにも、驚きました。大事な法改正の意義を説明している場所に存在しなくても、その賛否に加わっている議員が何人もいるわけです。政党は党で賛否が決まっていくので、1つ1つの法案に対して賛否を間違える事はないのでしょうが、この国会議員の決めた法律によって、私たちの生活が良くも、苦しくもなるのだと考えると、法律の改正が、忙しく部屋を出入りしながら聞いた説明を受けて決まっていくことには遺憾を覚えます。

 委員会室には、大きな肖像画がたくさん飾ってありました。歴代法務大臣の肖像画なのでしょう。すばらしいものではありますが、随分税金を使っていることをつくづく感じました。

5月22日 その2  



 区議会、無所属の部屋の引っ越し

 今までいた部屋から隣の部屋に引っ越しました。無所属の部屋は、改装に金をかけないようにと今までと同じ間取りで、無所属議員6人が3、2、1人に分かれました。コピー機もパソコンも、6人に与えられているものなので、各自の部屋に置くことができません。そこでいらなくなったロッカーが何台も並んでいる狭い倉庫のような部屋にパソコンとコピー機を並べ、そこで作業をするように職員に言われました。

毎回、期が変わるごとに行われる議員の部屋割りや引っ越しには、かなり区議会事務局の職員の労力も要します。「今後、区役所を建て替えることになったら、国会議員のように1人1人に部屋が与えられて毎回引っ越しをしなくて済むほうが、長い目でみれば、いいかもしれませんね。」と女性の職員がコピー機を運びだしながらつぶやいていました。


22日の「双日マシナリー社長コメント」に関して

会社の商権を巡り殺されてしまった主人の殺人事件に対し、会社が被害者とどう向き合うか、大変多くの方から、ご意見、ご指導をいただきました。ある会社の元社長さんで、社員が病気であまりにも突然亡くなった時、そのご家族の精神面まで配慮され、会社がご家族を支え続け、お子さんの結婚式に社長が主賓で呼ばれ、奥様は社長さんに対して、感謝で涙がとまらなかった。と言う例などを送ってくださった方もいらっしゃいました。たくさんの方の「常識」と「知識」に支えられ、会社と「仲裁」と言う制度を使い、話し合う事ができました。双日マシナリー(株)の社員の方、取引先の方からもたくさんの励ましをいただきました。本当にありがとうございました。

5月22日  


双日マシナリー(株)社長コメント

 主人が会社の商権裁判の担当者に任命され、その裁判の過程で、訴訟相手に殺害されてから、まもなく2年半になります。
 
主人が勤めていた双日マシナリー(株)はこの2年半、病死などと同じような事務的な作業以外、社員の死に対して何もしてはくれませんでした。同僚の方々の数々のご親切はあったものの、会社として、1人の社員の会社が任命した労動による「殺害死」に向き合ってはくれませんでした。私はこの2年、何度も社長に対して怒りをぶつけてきました。そして話し合いの結果、ようやく1人の社員の死に対してコメントを出してくれました。

以下サイトをご覧ください。

双日マシナリー株社長メッセージ「お客様へ 3年間を振り返って」 

5月21日 その2  



制服のこと

 先日、中学校の制服のことを書きました。(5月17日の日記)「制服のことなど、いちいちうるさい」「どうでもよいではないか」と思う方もいるかもしれません。けれど、青少年育成などの話し合いの場では、「制服」はよくテーマになります。「制服で一律に生徒を統制させるような考え方はいかがなものか」と制服に反対する方もいます。私は、娘自身が毎日着ていく物を考えるのも面倒くさいと考えているので、制服があった方が有難いと単純に思っています。

 今日の夕方、娘の卒業した学校の先生から電話がありました。「転校生で夏服を持っていない生徒がいるので、お嬢さんの夏服があったらもらえないか」と言う内容でした。娘が卒業した中学校は、中学校の統廃合により来年度から制服が変わります。そのため、現在の制服の夏服は6月〜9月と約3ヶ月しか必要がなく、作るのはもったいないと言う先生の配慮です。たまたまうちの娘の体格を知っていた先生が、声をかけてくださったのです。確かに夏服は着る日数が短いので、きれいなまま家にありました。きれいな制服が無駄にならず、もらっていただけるのはうれしく、私は喜んで返事をしました。先生も生徒の制服のことまで気にしなくてはならずご苦労なことです。先生の粋な計らいで、たった2ヶ月程度のために制服を買わなくて済んだ生徒さんも保護者の方もよかったと私は思いました。

 けれど後から、私が中学生の時の事を思いました。当時、私のクラスに転校生が来ました。その生徒は、前に通っていた学校の制服を着て長い間中学に通っていました。彼女はみんなと違う制服を着て、みんなと仲良く学校生活を送っていました。「どこから引っ越してきたの?そこはどんな所だった?中野とどっちがいいかな?」などクラスで言いながら彼女の学校の話、地域の話などを聞いた覚えがあります。「転校生なのだから同じ制服がなくて当たり前」他と違っていても「それぞれ人には事情がある」とみなが理解し、受け入れる土壌がそのころの学校や生徒たちにはあったように思えます。

 今回の制服の件を通して考えたのは、私たちが子どもの頃の時のほうが、「ヒトと違うことがあっても当然」「違う部分を理解して受け入れる」そんなおおらかな気持ちで学校生活が単純に運んでいたような気がします。

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