私は主人が酒井たちに殺されてから、酒井たち犯人に向かって、この人たちの親族に向かって、この人たちを弁護する弁護士さんたちに向かって、この事件を追及してくださっている検事さんに向かって、刑を下す裁判官と裁判長に向かって、そして多くの社会の人に向かって、言いたいことがたくさんありました。
どこにこの思いをぶつければ犯人たちの罪が重くなるのか、いろいろ電話で問い合わせたりもしました。しかし、被害者の生の声を司法に向かって発信できる機会は、この意見陳述しかないことがわかりました。それがわかった日から、木を見れば、何か意見陳述に関係しないか?人に会えば、何か意見陳述に関係しないか?ご飯を食べれば意見陳述に関係しないか?この半年あまりをずっと自分に与えられるただ1度限りの機会を絶対に無駄にはできないと考えながら過ごしてきました。
無念に殺された主人に、私がしてあげられること、子どもたちの思いを伝えること、私の意見陳述によって少しでもましな世の中を取り戻したいこと、この思いを込めて、原稿作成に取り組んできました。
以下に抜粋を載せます。お読みください。
添付 意見陳述書
2005年9月13日 東京地裁第531号法廷
酒井裕・坂本亮・高橋祐介 「逮捕監禁殺人死体遺棄罪」公判
1時間の長い陳述書で、全文は載せられませんので、抜粋編集したものを別にupいたしました。こちらをご覧ください。
9月13日陳述抜粋
皆さん泣いてくださいました。裁判所に2時間以上かけてきてくれた私の友人は朝8時に門の開く前に傍聴券を手にいれるために並んでくれました。犯人たちを監視している刑務官の方も泣いてくださいました。「立派だったよ」と皆さんに言われました。検事さん、弁護士さん、新聞記者、多くの方からあれだけの原稿をまとめるのは大変な作業だったでしょう?と聞かれました。本当に大変でした。泣きながら、パソコンを打ち、泣きながら、読んでみて、何度も何度も書き直しました。
それでも、これだけ努力をして、「よかった」と皆様に褒めていただいても、何一ついいことには結びつかない、達成感の持てない作業は初めてです。終わった時、ああ、もうこれで、主人の無念を表現できる唯一の機会が終わってしまった、主人は二度と戻って来ない、どこまでも苦しく、悲しい気持ちで法廷を後にしました。
田舎のご両親は一言も感想を言いませんでした。ただつらいのです。ほとんどの人が泣いている中、酒井は下を向いたまま泣くことはありませんでした。そして酒井の親族もやはり傍聴には現れませんでした。
9月28日(水)午前10時から、同じく地裁第531号法廷にて、もう一度、私の意見陳述があります。今度は、10万円で殺人を手伝った3人の若者、沢田、緒方、齋藤の公判です。
彼らは、10万円の報酬で動いた拉致監禁の実行犯でありながら、主人が死んだ時、帰宅していたという理由で「殺人罪」に問えません。3人の若者は、今すでに「刑務所を出た後の自分の生活」に夢を馳せている様子です。自分たちがアルバイトでした行為が殺人となったことが、どんなに重い事なのか、何も理解していないのです。
何とか、このような若者を見過ごさないような社会にするために、主人の無念を、彼に代わって、私は精一杯述べたいと思います。