地元の小学校の卒業式です。卒業生は舞台に上がって、証書を受け取る前に、それぞれ大きくなったら何になりたいかを発表します。それぞれの子どもが、小学校で取り組んできたことの延長上におのおのの「やりたいこと」があります。友達に助けられたから、今度は自分が助ける側になりたい、愛を受けた子どもたちはしっかり愛を返そうとしていました。
学年によって、その年のカラーがあり、保護者の教育力も違います。それは卒業式を通じてもわかります。
頂いた式次第を見て驚いたのは、卒業生の進学先の欄です。例年北原小学校では、子どもの住む地域により、毎年近隣の3つの公立中学校に別れていくので、昨年までは生徒が1番多く行くのは4中、6中、11中のどれか1つでした。しかし、今年度は、国立、私立進学の合計が3つの公立中のどの数字よりも多かったのです。年々「公立離れ」が進んでいることは、強く意識してはいますが、はっきりと数字で見て、改めて驚きました。
その原因の一つとして、中野区が学校の統合計画をしていることで、公立学校に対する不安があることも確かですが、教育を受ける側の生徒や保護者と、教育委員会側とで「学校の充実」に対する認識がかけ離れていることも原因の1つのような気がします。
私は議会でも何度も取り上げてきましたが、教育委員会の方針である、「いかに人件費をかけずに(あるいは削りながら)、今の先生たちの研修の充実や、方法を変えて公教育を高めていこう」という発想に無理があるのではないのでしょうか?最近の学校への予算を見ても、校庭を芝にする、各校の入り口に防犯カメラと施錠システムを導入するなど、「教育」とは少し離れた所に、まず予算が付き、本当に必要な「受けたい教育」や人的措置については、後手後手に回っています。
学校の統合計画についても同じです。教育委員会は説明会で、「校歌をどうするか?学校名はどうするか?皆さんとしっかり話し合っていきたい」と言う言葉を発言しています。学校名など、なんでもいいのです。1中でも桜中でも構わないのです。そこに「受けたい教育」と子どもが安心して過ごせる「居場所」があることを、子どもたちと保護者は望んでいるのです。地域から、外の学校に教育と生活の場を求めて出て行くたくさんの子どもたちの笑顔を見ながら、本当に教育に求められるものが、なぜ教育委員会には理解出来ないのかと思いました。
「地元の小中学校を良くしたい」「公教育を充実させたい」私は、たとえ少数意見でも本当に多くの保護者が望んでいることを議会で発言していきたいと思います。